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【アラベスク】  第16章 カカオ革命



第1節 女子の季節 [1]




「もうすぐバレンタインね。ママは彼にあげるの?」
「今、喧嘩中」
 綾子(あやこ)は唇と尖らせる。
「喧嘩? 彼と?」
「そ」
「どうして?」
「だってぇ」
 スプーンでオムライスをぐちゃぐちゃとかき混ぜながらボヤく。
「だってさ、彼ったら初ドライブ記念日を忘れてたのよ」
「へ?」
「ひどいと思わない? 私は初お泊まり記念日も同棲開始日も初キス記念日も、初手繋ぎ記念日だって初めてプラネタリウムへ行った日だって忘れた事は無いわ。なのに彼ったら、これで二度目よ。前なんて、何を忘れたと思う?」
「何?」
「私の誕生日」
 あ、それはさすがにマズいかも。
「前の時に、もう二度と忘れないってあれほど約束したのに」
「はぁ」
「もうしばらくは許してやんないんだから」
 グチャリとスプーンを突き刺す。
「どうするの?」
「口利いてやんない」
「それだけ?」
「朝も起こしてあげてない」
「あー、それはキツいかもね。彼って、朝弱いんでしょう?」
「そ、私が抱っこして起こしてあげなきゃ起きれないんだから」
 そこで突然噴出す綾子。
「しばらくは目覚まし時計で頑張って起きてたんだけどね、今日はついに我慢できなくって二度寝しちゃて、慌てて飛び出して行ったわ」
 思い出してカラカラと笑う。
「さっさと謝ればいいのに」
「意地っぱりだからねぇ、どっちも」
「あら、失礼ね。私は意地なんて張ってないわ。悪いのはあっち」
 詩織(しおり)は肩を竦める。
 午後の喫茶店。ランチ終了ギリギリに飛び込んだ。店内は昼時を過ぎ、客も減ってきている。ティータイムには少し早い。店員がホッとできる時間に、二人は一番隅の席で向い合う。
 綾子の店はここから歩いて少し。昔は詩織も勤めていた。この店にランチを食べに来るのは久しぶりだ。
「味、落ちたね」
「しっ」
 綾子が慌てて眉を潜める。
「オーナーが変わったのよ」
 詩織は店内を見渡す。雰囲気は変化していないが、ところどころの装飾に見知らぬ物が増え、見知った物が消えている。
「厨房も変わったの?」
「変わったって言うか、追い出されたって噂。オーナーと合わなかったんだって」
「ふーん」
「ここのオムライス、美味しかったのにねぇ」
「でもチョコミントは美味しいよ。って、あれはココの手作りじゃないからね」
「あ、チョコミント食べたいっ」
 瞳を輝かせる詩織に、綾子がニッコリ笑う。
 会話だけを聞いていると、女子高校生かとも思えてしまう。すでに三十路(みそじ)を超えてはいても、心は乙女のままといたところだろうか。
「またみんなでご飯食べに行きたいなぁ」
「今のお店の子たちとは行かないの?」
「行くよ。あっちのママもよくしてくれてる」
 そこで詩織はふと手を止めた。オムライスは1/3ほど残っている。
「でもここんとこ、ちょっと忙しくってね」
「なぁに?」
 伺うように綾子は上目遣い。そうして口元を緩めた。
美鶴(みつる)ちゃん?」
「ママには敵わないな」
 二人で笑い声をあげた。
 唐渓の教頭という身分を(たずさ)えて浜島(はまじま)と名乗る男性が詩織の店にやってきたのは、一月の半ば頃だっただろうか。
「このような場所には不慣れなもので、どのようにして店内に入ればよいのかもわかりませんでした」
 多少嫌味も含めているだろう言葉を聞き流し、詩織は相手を促した。
「だいたいお察しの事とは思います。お嬢さんの事ですがね」
「娘の事でわざわざ教頭先生が保護者の職場にまで出向くんですか? 大変ですわね」
「えぇ、大変です」
 今度は間違いなく嫌味だ。
「お話したいので学校にお()でくださいというお手紙を、何度か担任の名前で出させていただいているはずです。一向にお返事がありませんでしたのでね」
「あぁ」
 思い当たるように詩織が声をあげる。
「すっかり忘れていましたわ」
 悪びれもせずに答える。
「それで?」
 煙草を咥える。
「娘が何か?」
「何かあり過ぎましてね」
 相手の不遜な態度に小さな怒りが沸く。嫌味でも込めなければ抑え込めそうにもない。
「どのお話からすればよいのか迷ってしまうくらいです」
「あら、どうぞごゆっくり」
 詩織は煙を吐き出す。
「ちょうどお客も帰ったところですし、今は暇なんです」
 繁華街の路地。もうすぐ日付が変わろうかという時刻。平日なので人影もまばら。だが、ところどころで酔った客が路地を賑わせている。新年会やその二次会・三次会帰りと思われる集団も時折通る。
「お寒いでしょう? やっぱり店に入りません?」
「いや結構」
「奥に個室もありますのよ。VIP専用ですけれど、押さえる事ならできますわ。まぁ、カーテンで仕切ってあるだけなので、多少カラオケがうるさいかもしれませんけれど」
「いいえ、本当に結構です」
 襟元のマフラーに手を当て、浜島は少し強めの口調で断る。
 詩織の店で、女性を隣に座らせてデレデレと頬を緩めるような輩と同じ空間になど、一秒たりとも居たくはない。
 激しい嫌悪感を漂わせる相手に、詩織は上目遣いで嘆息した。
「でしたら、手短にお願いしますわね。いくら暇とは言っても、仕事中ですから」
「お仕事中申し訳ありませんね」







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